論文紹介

QTc 500mSecは命の危険? 心室性不整脈の真のリスクファクターは何か?

emtoxtalk

<今回紹介する論文>

Clinical Factors Associated With Ventricular Dysrhythmia in Emergency Department Patients With Severe QTc Prolongation After Drug Overdose

Acad Emerg Med. 2025 Oct;32(10):1065-1075.

薬物過量服用の患者を診療していると、しばしば直面する疑問があります。

「QTcは延長しているけれど、この患者さんは本当に危険なの?」

実はQT延長は珍しくなく、薬物過量服用後にQTcを起こす方は薬10.7−12.7%と言われています。QTc延長は典型的にはTorsades de Pointesと関連があると言われています。しかし実際に致死性の心室性不整脈(VT/VFやTorsades de Pointes)を起こす患者はそれほど多くなく、0.7−1.6%ほどと言われています。

つまり、過去研究からもQTc 500mSecはハイリスクと一般的には考えられていますが1,2、実際にQTc500mSecを超えてもほとんどの人は心室性不整脈を起こすわけではないわけです。だとするとQTc延長を認めた患者さん全員をICUに入院してもらうと医療的にはICUが必要でない患者さんをICU入れてしまうことになり無駄が多くなってしまいます。

では、QTc延長を認める中毒患者さんを見たときに

  • 誰をICUに入れるべきか
  • 誰はそこまでの管理が不要なのか

これを判断できる基準があれば、臨床的には極めて有用なわけです。

今回紹介する論文は、まさにこの疑問に正面から答えようとした重要な論文です。

研究の概要

Toxicology Investigators Consortium(ToxIC)レジストリを用いた大規模解析です。

ToXICというのは米国の中毒のフェローシップを持つ比較的大きめのセンターが中心になって作っているレジストリーで、中毒の専門医を持つ医師がベッドサイドで実際に患者さんを診察した場合にその患者さんのデータを登録しています。全米で58の施設がメインのレジストリーには入っていて、そこから多くの症例が登録されています。

中毒の専門医が診察しているので、中毒の診断についてはある程度保証がついているだろうというのがこのレジストリーの強みになります。ただ、血中濃度を測定して診断をしているわけではないので、そういった意味での血中濃度をもとにした診断はついていないものの方が圧倒的に多いわけですが。

逆にかなり大きなセンターでの中毒のケースというわけで多少の偏りがあるかもしれないというのは注意点にはなります。

対象:QTc ≥500ms の過量服用患者

症例数:1,265例

結果

心室性不整脈発生:3.8%

上記はとても重要で、QTc ≥500msという高リスク群に絞っても、発生率は数%にとどまります。

心室性不整脈を予測した3つの因子

多変量解析の結果、独立して関連したのは以下の3つでした。

  • 徐脈 (HR < 50 bpm) 調整オッズ比 3.12(1.35−6.90)
  • アシドーシス (pH < 7.20) 調整オッズ比 3.02(1.42−6.23)
  • ショック (収縮期血圧80mmHg未満で昇圧剤使用) 調整オッズ比 4.54(2.07−9.75)

でした。

感度分析も行っています。QTc延長を起こしている患者さんの中にはQRSが延長している方もいます。QTcの中にはQRSも含まれるので当然のことですよね。最近ではそうでもないという報告もありますが、教科書的記載ではQRS延長→Vf・QTc延長→Torsades de Pointesと関連があると言われていて、QRS延長とQTc延長はそれぞれが別の中毒や別の病態を示している可能性があり、QRS延長を起こしている患者さんを覗いた1083名を対象にした感度解析では、ショックの項目だけは有意差がなくなってしまいましたが、ほとんど同様の結果になっています。

ここが臨床現場でもっとも役に立つのではと思われることですが、

徐脈・ショック・アシドーシスの3つどれもない場合の心室性不整脈発生の陰性的中率 98.2%です。

つまり、徐脈・ショック・アシドーシスがどれもなければ、致死性不整脈は極めて起こりにくいというわけです。

この結果の個人的解釈(臨床的に何がすごいのか)

この研究の最大の価値は、

ベッドサイドで簡単にわかる臨床所見や検査結果でQTc延長を認める患者のリスク層別化できる可能性を示した点です。

「どんな薬を飲んだか分からない」「検査結果が揃っていない」そんな場面は中毒の患者さんでは度々起こりますが、そんな場面でも使えるのは極めて大きく、これは救急・中毒診療において非常に実用的です。

あらためてですが、臨床での疑問は以下の通りです。

QTcが延長している患者は多い

しかし実際に危険なのは誰なのか?(だれはICUに入ってもらった方がいいのか?)

この研究は「誰をICUに入れるべきか」という問いに対する一つの答えを提示しています。

臨床に即した、非常に価値の高い研究だと感じました。

限界点について

この研究の限界点2つほど

限界その1

これはDerivation研究です。この研究は予測モデルの導出(derivation)であり、本来は他の患者さんでのValidationが必要になります。

日本を含む他国でも当てはまるのか

医療体制の違う環境でも使えるのか

これらは未検証です。今回の中毒の原因になった薬剤のリストを見てみると、特に心室性不整脈を起こす可能性が高かった薬剤として、ジフェンヒドラミン、ブプロピオン、アミトリプチリン、ロペラミドなどがあります。ブプロピオンやロペラミドの中毒を日本でみることは極めて珍しいでしょう。なので日本では少し状況が違う可能性もあります。

ちなみに、今回日本では見ることがあまりないと言った2つの薬剤についてです。ブプロピオンについては別の論文紹介でも記載しました。

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ロペラミドについてはまた別の機会にご紹介しますが、下痢止めの薬で日本でも販売されていますが、米国ではこれが薬局でOTCとして購入可能で、濫用して100錠以上飲む方が中毒になることがあるというもので、日本ではOTCではない上に医師の中にロペラミド処方することへ若干の抵抗感があることを考えると現状このような中毒を日本でみることはまずないと考えます。

しかし現実問題として、この規模(1,000例以上)のQT延長過量服用患者を新たに集めて検証するのは極めて困難だと予想されます。そうなるとValidation研究が簡単に出てくるとは思えません。したがって現状では、この研究を踏まえて臨床に応用していくしかないと思っています。

限界その2

日本の現場での難しさ

ここが日本特有の問題です。自殺企図を持っている患者さんの場合:

ICUやHCUなどの比較的手厚い監視がある体制が必要=一般病床への入院が難しい

という現実があります。

たとえこの研究の基準で、重症化リスクが低いと判断できても、実際には一般病棟に入れられないことがあります。

以前私が働いていた米国では救急外来でも入院病棟でも「1:1 observation」という体制がありました。死にたいという気持ちを持った患者さんの場合、精神科の診察を受けてその希死念慮の重大さを評価するまでは、患者の部屋の前に常時1名の観察者(看護師ではない)がいる体制です。日本のように看護師さんが観察者を兼ねるという状況ではないため、看護師さんは看護を行えば良く、自殺企図による中毒の患者さんでも一般病棟入院可能でした。しかし日本で同様の体制を整備するのは容易ではありません。

したがって、日本では医学的リスクと精神科・安全管理上のリスクが一致しないという問題が残ります。とはいえ医学的にどの患者さんのリスクが高いかを知っておくのはそれでも重要と思いますが。

その他にも限界点としてBazett補正があります。QTcというはQT値をRR感覚で補正するものになります。同じQT値でも脈の速さによってそのリスクは変わるため、その点を考慮するわけですが、QTc = QT/ √RRというのがBasett補正という一番一般的な補正になります。これは極端な徐脈だと数字にズレが生じる可能性が指摘されているのは問題です3。イベント数の割に独立変数が多かったり、時間軸がはっきりしなかったりなどその他問題ももちろんありますが、それでも臨床的な意義はとても大きな研究と感じます。

まとめ

QT延長を見たとき、私たちはつい「危険」と考えがちです。もちろん過去研究でQTc 500mSecが危険ということは証明されています。しかしQTc延長を示す患者さん全員が危険な理由ではありません。重要なのは、QT延長そのものではなく、「どの患者が心室性不整脈の高危険群か」を見極めることでこの研究はその第一歩となる重要な知見を提示しています。

中毒診療に関わるすべての医療者にとって、ぜひ知っておくべき2025年の一押しの論文だと思います。

参考文献

1.  Manini AF, Hoffman RS, Stimmel B, Vlahov D. Clinical risk factors for in-hospital adverse cardiovascular events after acute drug overdose. Acad Emerg Med. 2015;22(5):499-507. doi:10.1111/acem.12658

2.  Manini AF, Nair AP, Vedanthan R, Vlahov D, Hoffman RS. Validation of the Prognostic Utility of the Electrocardiogram for Acute Drug Overdose. J Am Heart Assoc. 2017;6(2):e004320. doi:10.1161/JAHA.116.004320

3.  Vandenberk B, Vandael E, Robyns T, et al. Which QT Correction Formulae to Use for QT Monitoring? J Am Heart Assoc. 2016;5(6):e003264. doi:10.1161/JAHA.116.003264

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プロフィール
千葉拓世
千葉拓世
中毒好き救急医
ひょんなことから中毒診療に魅了され、今では救急医として日々中毒診療に携わっています。救急科医としては、さまざまな患者さんに対応していますが、特に中毒に関する知識と経験を深めてきました。 家庭では、良き父親であることを心がけているつもりですが、その成果については自分でも判断しきれない部分があります。家族との時間を大切にしながら、仕事にも全力を尽くしています。 このブログでは、救急や中毒に関する情報を不定期にお届けできたらと思っています。少しでもお役に立てる内容を提供できれば嬉しいです。
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