G-6BGPL5NXDT 硫化水素中毒|救急と中毒のホントの話

硫化水素中毒

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硫化水素(H₂S)は、細胞レベルでの酸素利用を阻害することで致死的な中毒を引き起こす有毒ガスです。温泉地、下水処理施設、畜産施設、工場などで発生し、特に密閉空間では短時間で致死的な影響を及ぼします。「ノックダウンガス」とも呼ばれ、突然の意識消失を引き起こす特徴があります。どんな場所で発生して、どんな特徴があるかはこちらの記事もご参照ください。

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毒性のメカニズム

1. シトクロムオキシダーゼ阻害

硫化水素は、ミトコンドリアのシトクロムcオキシダーゼ(複合体IV)と強く結合し、酸素を利用したATP産生を阻害します。1これにより、好気的代謝が停止し、細胞レベルでの低酸素状態を引き起こします。この機序は、シアン化水素(HCN)と類似していますが、H₂Sは神経組織や心筋への親和性が高いため、特に中枢神経系と心血管系への影響が顕著です。好気的代謝が阻害されると、細胞は嫌気的代謝へと移行し、乳酸産生が亢進します。その結果、重度の代謝性アシドーシスが生じます。

2. 神経毒性

H₂Sは中枢神経系(CNS)への移行性が高く、特に延髄の呼吸中枢に蓄積することで呼吸抑制を引き起こします。さらに、グルタミン酸受容体(NMDA受容体)の過剰活性化やKチャネルの活性化による過分極など神経伝達の障害を起こし、神経細胞の障害が進行します。

3. 直接的な細胞毒性

硫化水素は、細胞内の鉄やチオール基(-SH)を持つ酵素と結合し、酵素の機能を阻害します。また、H₂Sが鉄と反応するとフェントン反応が促進され、フリーラジカルを生成し、細胞膜障害を引き起こします。2

症状

硫化水素中毒の臨床症状は、曝露濃度と持続時間に依存します。特に、高濃度では短時間で意識消失や呼吸停止に至ることが特徴です。3

1. 軽度曝露(10~50 ppm)

  • 眼刺激症状(流涙、結膜炎)
  • 鼻咽頭刺激症状(咳嗽、鼻炎)
  • 軽度の中枢神経症状(頭痛、めまい、悪心)

2. 中等度曝露(50~200 ppm)

  • 嗅覚麻痺(100~150 ppm)
    • 一時的に「腐卵臭」を感じなくなりますが、これは安全の兆候ではなく、むしろ危険な状態を示します。
  • 気道刺激症状の悪化(呼吸困難、気管支炎)
  • 神経症状の進行(倦怠感、筋力低下、錯乱)

3. 高濃度曝露(200~500 ppm)

  • 急性肺障害(ARDS)
    • 高濃度H₂Sの吸入により、肺胞上皮の損傷が起こり、肺水腫を引き起こします。

4. 致死量曝露(500~1000 ppm以上)

  • ノックダウン(瞬時の意識消失)
  • 呼吸中枢が抑制され、1~2回の呼吸で呼吸停止に至ることがあります。
  • 心停止・呼吸停止

診断

1. 臨床所見

  • 診断はほぼ臨床診断になります。
  • 現場で簡単にできる血液検査などはないのが実情です。
  • 閉鎖空間での急性意識消失に腐卵臭を伴う場合は積極的に硫化水素中毒を疑う必要があります。

2. 補助診断

H₂Sは血中で急速に代謝されるため、直接的なバイオマーカーは存在しないため、診断には以下の補助検査も活用します。

  • 動脈血ガス(ABG):重度のアシドーシス(低HCO₃⁻, 高乳酸)
  • 血清乳酸:高値(組織低酸素の指標)
  • 混合静脈血酸素飽和度(SvO₂):上昇(シトクロムオキシダーゼ阻害による酸素利用低下)
  • 尿中チオ硫酸(Thiosulfate):硫化水素の代謝産物、突然死亡すると上昇しない
  • 血中メトヘモグロビン:治療として亜硝酸ナトリウムを投与した後に評価
  • 現場での硫化水素濃度が分かれば、非常に有用だが、偽陽性も偽陰性もあるため注意。

3.その他

シルバーのアクセサリーが黒ずむのも一つの特徴で参考になります。シルバーのアクセサリーと硫化水素と皮膚が反応することで、皮膚の色調が変化することも報告されています。4

治療

1. 初期対応

  • 迅速な酸素投与と支持療法が最優先である。
    • シトクロームオキシダーゼと硫化水素の結合が酸素の存在下で可逆的になる
    • 高気圧酸素療法が効果があるかまでは不明
  • 100%酸素投与(リザーバーマスクまたは気管挿管+人工換気)
  • 肺水腫・ARDSに対するPEEPの適用
  • 低血圧に対する輸液負荷・昇圧薬(ノルアドレナリンなど)
  • 皮膚や眼への曝露がある場合は生理食塩水で洗浄

2. 拮抗薬

硫化水素は青酸と同様にシトクロムオキシダーゼを阻害し、ミトコンドリアでのATP産生を阻害する。この機序を考慮し、解毒治療を行います。

亜硝酸ナトリウム(Sodium Nitrite)5,6

メトヘモグロビン(MetHb)を誘導し、H₂Sと結合させることで無毒化(シトクロームオキシダーゼと硫化水素よりメトヘモグロビンと硫化水素の方が親和性が高い)シアン中毒の時の解毒薬と同じメカニズム

  • 成人用量:3% NaNO₂ 10 mL(300 mg)を2~4分でIV投与
  • 小児用量:ヘモグロビン濃度をもとに投与量を調整する。 Hb7.0 g/dlなら3%NaNO2を0.19ml/kg
  • 副作用:低血圧、過剰なメトヘモグロビン生成(MetHb >30%で酸素運搬能低下)
  • 注意:メトヘモグロビン値を30分後に測定

 *青酸中毒で使用されるチオ硫酸ナトリウムは硫化水素中毒では効果が示されていない。

ヒドロキソコバラミン(Hydroxocobalamin)7

H₂Sと結合し、無毒化

  • 成人:5 g IVを15分で投与(最大10 gまで)
  • 小児:70 mg/kg(最大5 g)
  • 副作用:発赤、血圧上昇

まとめ

メカニズム

・硫化水素中毒は、細胞レベルでの酸素利用を阻害し、短時間で致命的な影響を与える有毒ガスで、シトクロムオキシダーゼ阻害を主な作用機序とし、神経毒性、心血管系障害、代謝性アシドーシスを引き起こします。

症状

・曝露濃度により症状が大きく異なり、高濃度曝露では「ノックダウン」状態となり、数回の呼吸で呼吸停止に至ります。

診断

・「閉鎖空間+急性意識消失+腐卵臭」は硫化水素中毒を疑いましょう。

・乳酸アシドーシス、SvO₂上昇、尿中チオ硫酸が補助診断に使えるかもしれません。

治療

・酸素投与(100% O₂)が最重要。

・解毒治療は「亜硝酸ナトリウム」または「ヒドロキソコバラミン」を考慮。

・ARDSや低血圧に対する適切な支持療法が予後を左右する。

参考文献

1. Hydrogen Sulfide Carbonyl Sulfide | Toxicological Profile | ATSDR. Accessed February 22, 2025. https://wwwn.cdc.gov/TSP/ToxProfiles/ToxProfiles.aspx?id=389&tid=67

2. Truong DH, Eghbal MA, Hindmarsh W, Roth SH, O’Brien PJ. Molecular mechanisms of hydrogen sulfide toxicity. Drug Metab Rev. 2006;38(4):733-744. doi:10.1080/03602530600959607

3. Reiffenstein RJ, Hulbert WC, Roth SH. Toxicology of hydrogen sulfide. Annu Rev Pharmacol Toxicol. 1992;32:109-134. doi:10.1146/annurev.pa.32.040192.000545

4. Gilbert JD, Byard RW. Tarnished jewellery and skin – a subtle external marker indicating exposure to hydrogen sulfide. Forensic Sci Med Pathol. Published online July 17, 2024. doi:10.1007/s12024-024-00862-z

5. Stine RJ, Slosberg B, Beacham BE. Hydrogen sulfide intoxication. A case report and discussion of treatment. Ann Intern Med. 1976;85(6):756-758. doi:10.7326/0003-4819-85-6-756

6. Peters JW. Hydrogen Sulfide Poisoning in a Hospital Setting. JAMA. 1981;246(14):1588-1589. doi:10.1001/jama.1981.03320140076038

7. Haouzi P, Chenuel B, Sonobe T. High-dose hydroxocobalamin administered after H2S exposure counteracts sulfide-poisoning-induced cardiac depression in sheep. Clin Toxicol (Phila). 2015;53(1):28-36. doi:10.3109/15563650.2014.990976

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プロフィール
千葉拓世
千葉拓世
中毒好き救急医
ひょんなことから中毒診療に魅了され、今では救急医として日々中毒診療に携わっています。救急科医としては、さまざまな患者さんに対応していますが、特に中毒に関する知識と経験を深めてきました。 家庭では、良き父親であることを心がけているつもりですが、その成果については自分でも判断しきれない部分があります。家族との時間を大切にしながら、仕事にも全力を尽くしています。 このブログでは、救急や中毒に関する情報を不定期にお届けできたらと思っています。少しでもお役に立てる内容を提供できれば嬉しいです。
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