中毒のとき「胃洗浄してください」は正解?

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―知っておきたい消化管除染のほんとうの話 病院ではどんな治療するのか―

病院の救急外来で働いていると、薬や化学物質(タバコなども含めて)を飲んでしまった方やそのご家族から「すぐに胃洗浄をしてください!」とお願いされることがあります。「中毒=胃洗浄」、というイメージが強く残っているのかもしれません。

ですが、実は現代の医療では胃洗浄はかなり限られたケースでしか行われません。そして中毒の治療の中心は「胃洗浄」ではなく、体の状態を整えて自然に回復するのを助ける治療「支持療法」が大部分を占めています。

ここでは、なぜ胃洗浄が「非常に限られた場面」でしか使われないのか? ご説明します。また、胃洗浄と同様に胃に入ってしまった毒物が体に吸収されないようにする他の方法についても説明します。

医療従事者の方は、胃洗浄や活性炭をどのような場面で選択するか解説したページもご参照いただけたら。

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胃洗浄ってどういう治療?

「胃洗浄」とは、口から太いチューブを入れて胃の中を水で洗って、そのチューブを通して中に残っている毒物を取り出すという処置です。たしかに、胃の中に毒物が残っているときには有効な場合もありますが、実際にはかなりリスクの高い手技です。

具体的にはどうやって行うの?

胃洗浄では、直径2cm程度の太いチューブ口から食道を通して胃まで挿入します。お腹の手術の前などに通常入れる1cmにも満たない細いチューブと比べると倍程度の太さがあります。これは、錠剤やカプセルなどの固形物が通過するのに十分な太さでなければならないからです。

この太さのチューブを無理に入れるのは、患者さんにとって非常に苦痛を伴う処置です。意識がしっかりしている方には原則行いません。さらに、誤って気管に入ってしまえば肺に水や毒物が入り(誤嚥)肺炎を起こす危険もあるため、ほとんどの場合、気管挿管(人工呼吸用のチューブ)で気道(呼吸をするための空気の通り道)を確保してからでないと、胃洗浄はできません。無理にチューブを入れることで食道や胃に穴があく危険もあるほか、一度毒物が腸に流れてしまえば、胃洗浄では意味がありません。

処置としては、温めた水を少しずつ胃の中に入れては引き出すという操作を繰り返し、胃の内容物が透明になるまで洗い流すという方法で、これを何回も行います。

そのため、現在では「致死的な量の毒物を摂取して、かつ病院に非常に早く来た場合」など、ごく限られた条件のときにしか行われません。

活性炭ってなに?

その他に中毒の治療で吸収を防ぐために使われる治療として、「活性炭」があります。

「活性炭」と聞くと、焼き肉の炭や浄水フィルターを思い浮かべる方もいるかもしれません。中毒治療で使う「活性炭」も、実は似たような“炭”の仲間です。

医療用の活性炭は、ヤシ殻などの有機物を600−900℃もの高温で加工し、無数の小さな孔(あな)を作った粉末状の炭です。この無数の孔が、毒物や薬を「吸着(くっつける)」して、体の中に吸収されるのを防ぎます。

胃や腸にまだ残っている毒物が、この活性炭にくっつくことで、そのまま便と一緒に体の外へ出ていきます。多数の小さな穴が空いていることで表面性が大きく広がっていて、たった1gの活性炭がテニスコート4面ぐらいの広さ(800−1200平方メートル)もの表面積を持っており、その活性炭の表面に毒物が吸着されるわけです。通常は50−100g程度の活性炭を治療には使うので、その表面積を考えると驚きですね。

見た目と飲み方

活性炭は真っ黒な粉で、水に溶かして「ドロッ」とした液体として飲みます。味はないものの、見た目がインパクト大なので、驚く方も少なくありません。

意識のある人は自分で飲んでもらうこともありますが、吐き気が強い人や意識が悪い人には、無理に飲ませることはできません。無理に飲ませると誤嚥(肺に入ってしまう)リスクがあるため、注意が必要です。

胃洗浄に比べると活性炭は現在も医療現場で行われることの多い処置になります。最近でもその有効性を示す報告がでています。特に今までは薬を飲んで1時間いないでなければならないと言われていましたが、最近では2時間、場合によっては4時間ぐらい経っていても、物質によっては6−8時間ほど経っていても効果があるというような報告もあります。

すべての毒に効くわけではない

活性炭はとても便利な方法ですが、すべての毒物を吸着できるわけではありません。たとえば:

・鉄や鉛、リチウムなどの金属系の薬には効果がありません。

・飲んだ薬の量がとても多かったり、一度にゆっくり溶けるタイプ(徐放製剤)の薬だと、活性炭だけでは吸着しきれない場合もあります。大まかに1gの毒物を吸着するのに10g程度の活性炭が必要と言われています。

そのため、医師は「何をどれだけ飲んだのか?」をもとに、活性炭が本当に意味のある処置かどうかを判断しています。

他には何かやり方があるの?

「全腸洗浄」という方法もあります。これは大腸カメラの前に飲む下剤を大量に飲み、腸の中を丸ごと洗い流してしまう方法です。これは活性炭が効かない薬物(鉄、リチウムなど)や、薬のカプセルを大量に飲み込んだ麻薬の密輸者(ボディパッカー)のような場面で行われます。

また、内視鏡で薬のかたまり(薬物塊:pharmacobezoar)を取り出したり、手術で腸を切って取り出すというケースもありますが、これはごくごく稀な、重症で特殊なケースです。

結局のところ、中毒の治療は?

ここまでお読みいただいて、こう思われたかもしれません。

「じゃあ、ほとんどの場合は胃洗浄も活性炭もやらないの?」

その通りです。

実際には、中毒で病院に運ばれてきた患者さんの多くが、何もしなくても自然に回復します。毒物の量が少なかったり、体の代謝で分解できる範囲だったり、そもそも無害なものだったりすることが多いのです。

そして重症な中毒であっても、治療の中心は

呼吸を助ける・血圧を保つ・解毒剤があれば使う

といった全身を支える「支持療法」がメインになります。

まとめ

胃の中に入ってしまった毒物に対して、吸収されないように病院でどんな治療をするか説明しました。

間違って何かを飲んだ、中毒になるかも、というような場合は迷ったらまずは病院へ行ってください。(日本中毒情報センター https://www.j-poison-ic.jp/ でも病院に行ったほうがいいかどうか相談に乗ってくれます。)

「胃洗浄」はほとんどの場合必要ありません。中毒の場面では「何か早く体から出さなきゃ!」と思うのは当然のことですが、効果があるとはっきりと証明されていない割にトラブルも多い治療なのです。

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プロフィール
千葉拓世
千葉拓世
中毒好き救急医
ひょんなことから中毒診療に魅了され、今では救急医として日々中毒診療に携わっています。救急科医としては、さまざまな患者さんに対応していますが、特に中毒に関する知識と経験を深めてきました。 家庭では、良き父親であることを心がけているつもりですが、その成果については自分でも判断しきれない部分があります。家族との時間を大切にしながら、仕事にも全力を尽くしています。 このブログでは、救急や中毒に関する情報を不定期にお届けできたらと思っています。少しでもお役に立てる内容を提供できれば嬉しいです。
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