抗癌剤を誤投与の疑い、ビンクリスチンの髄腔内注射について
繰り返される悲しい事故
大変残念なことに重大な医療事故が起きてしまった可能性が報道されています。ニュースで抗がん剤治療中の小児の患者さん3名のうち1名がなくなり、2名が重篤な副作用に侵されているそうです。最初は全身の麻痺が広がってその後意識を失ったということです。その後の調査結果によると、ビンクリスチンという抗癌剤が髄液から検出されたと報道されています。1
どういった理由でこのような事態になったかは今後の調査を待つ必要がありますが、ビンクリスチンは本来点滴で投与する薬です。しかし誤って背中から針を刺して投与する「髄腔内投与」が行われてしまうと、極めて重大な事故につながります。残念ながらこのような事故は昔から繰り返し報告されています。2022年にも同様の事故がやはり報告されています。2そして残念ながら多くのケースがなくなっているほか、生存できたケースでも重篤な障害が残っています。
ビンクリスチンとはなんでしょうか?
ビンクリスチンはビンカアルカロイド系と言われる抗癌剤の1種類になります。細胞が活動していく上では細胞分裂が不可欠なのですが、細胞分裂には紡錘糸(微小管)というものが必要になります。この紡錘糸、文字通り糸状の構造でロープのようになります。複製された染色体を2つの細胞それぞれに格納するためにロープのような紡錘糸が引っ張って2つに分けていくという働きをします。この紡錘糸(微小管)はチューブリンという小さなタンパク質が結合してできていきます。
ビンクリスチンはこのチューブリンというタンパク質にくっついてチューブリンが繋がっていくことができず、紡錘糸(微小管)が作られなくなり、細胞分裂ができなくなるというのが作用機序です。通常こういった細胞分裂を阻害する抗癌剤は活発に分裂している細胞、がん細胞にダメージを与えやすいのですが、細胞分裂が盛んな組織として、胃や腸などの消化管や血液も影響を受けやすいです。
それ以外にも微小管は細胞のなかでいろんな物質を輸送するのに使われます。そのため微小管が障害を受けると細胞の機能が低下して、神経障害を起こします。
別の記事でお話したコルヒチンも微小管に作用する薬で基本的な作用機序はよく似ています。

もともとPerwinkel(ツルニチニチソウ)という植物から発見されたものになります。様々な病気の薬として効果があるのではないかと検討される中で、ビンクリスチンが抗がん剤として有効であることが発見されます。3
ビンクリスチンが発見されて臨床に応用されるようになったのは今から50年以上も前の話ですが、現在でも主に急性リンパ性白血病やリンパ腫など血液腫瘍やその他の腫瘍にも使われています。ここで注意しておきたいのは、ビンクリスチンは基本的に点滴で投与する薬ということです。その他の抗癌剤(メトトレキセートなど)では治療のために髄腔内に投与するということがあるのですが、ビンクリスチンでは髄腔内投与をすることは絶対にありません。辛い話ですが、急性リンパ性白血病は小児に多いがんで、この髄腔内にビンクリスチンを間違って投与するという事件の影響を受けた患者さんのなかにはまだ小さい子供もたくさんいます。
ビンクリスチンを髄腔内投与するとどうなるか?
ビンクリスチンはもともと神経毒性の強い薬です。通常通りの投与をしたとしても過量になると末梢神経障害や自律神経障害が起こります。そういう神経障害が強く起こり得る薬を神経に直接接している髄腔内に投与するとどんな悪いことが起こるか想像がつくかもしれません。投与後には背中の痛みや下肢の痛みが出現し、その後に腱反射の消失、感覚障害、筋力低下をおこし、徐々に上肢に症状が進んでいきます。まるでギランバレー症候群のようだったという報告もあります。4その後は脳症による意識障害、呼吸不全などを起こします。
もともと神経毒性を起こしやすい薬剤を神経付近に直接注入するわけですから、強い神経毒性が生じることは理解しやすいと思います。
過去の報告をみると32例の報告のうち27例(84%)が死亡したというかなり衝撃的な結果が報告されています。残念ながら現時点で有効な治療は確立しておらずビンクリスチンの髄腔内投与はまず起こらないようにどうやって防ぐかを最も重要な目標にする必要があり、起きてしまっては正直いい治療がないという病態です。
治療方法は?
とはいえ何かしらできることはないかと、当然ながらみんなが考えます。残念ながらビンクリスチンに現時点で確立した治療はありません。命をなんとか助けることができた例はできるだけ早期に髄液を抜いて、間違って投与されてしまったビンクリスチンを取り除くこと、それから持続的に髄腔内に生理食塩水などを投与して髄液を洗い流すという処置を行うことが行われています。5,6なんとか生存してもほとんどの場合神経の損傷はひどく、重症の障害を残してしまいますし、このような髄腔内の灌流という髄液を洗い流すような治療を行ってもなくなってしまう方もいます。そしてできるだけ早くこの治療をすることがその後に影響することは想像に固くありません。できるだけ薬の影響を少なくするというのがこの髄腔内の灌流の目的です。残念ながら根本的な治療はありません。
何をすればいいのか?
上記の通りビンクリスチンの髄腔内投与は極めて大きな影響のある事故であり、治療法もいい方法がありません。とすると、このような事故を何としても避ける必要があります。予防のために何ができるかを考える上では一体何がこのような事故の原因かを考える必要があります。
どうして事故が起きるの
過去40年の同様の事故を振り返って、何が原因だったか研究した論文があります。7その論文では以下の5つがこのような事故が繰り返されているか報告しています。
1:過去の事例からの学習不足
2:国際的な情報の伝達の不備
3:安全指針の遵守不足
4:調査の不足
5:解決策の欠如
過去の事例を振り返り、同様の事故が起きないようにしっかりと調査を行い、システムベースで解決策を考える必要があります。
今回のケースで何が原因であったかはまだはっきりとしていませんが、過去のケースでは髄腔内に投与するメトトレキセートやシタラビンとビンクリスチンを取り違えてしまったという報告があります。同じ日に髄腔内に投与する薬剤と静脈内に注射で投与する薬が同じようなシリンジで準備されてしまったために間違って投与してしまうことがあります8。またビンクリスチンを通常髄腔内に投与する薬剤の追加薬剤と間違ってしまったということも報告されています。同じ日に静脈注射で投与する薬剤と髄腔内に投与する薬剤が処方されているということが問題という指摘もあります。注射器(シリンジ)の形状が静脈内投与の薬も髄腔内投与の薬も同じであったりすると間違って投与することが起きやすくなります。
現在は髄腔内投与のために使う髄液穿刺の針と通常の点滴で投与する注射器が繋がらないように、髄液穿刺の針は構造が変わっています。本来髄腔内に投与すべきではない薬を髄腔内に投与しないようにする工夫です。ところが、髄腔内投与をするときにシリンジの薬を移してしまうとこのようなフェイルセイフのメカニズムも働きません。2022年の事例の振り返りでもこのような間違いが指摘されています。よく指摘されている失敗を防ぐ方法としてビンクリスチンはMini bagといって点滴のような形で現場に調剤し、間違って注射しようと思わないような形状にすることが上げられます。ただ、このような解決策が提案されていても現場がそれについて遵守できなければ同じような事故を避けることができません。
最後に
ビンクリスチンの誤髄注は1968年に最初に報告されて以来、50年以上にわたり世界中で繰り返されてきた医療事故です。今回の事件がビンクリスチンの髄腔内投与だったのかはまだ今後の調査を待つ必要があり、現時点では詳細は調査中ですが、報道されている症状や検査結果から、このような薬剤投与経路の誤りが疑われている可能性が指摘されています。過去にこれだけ危険性が指摘されているビンクリスチンの髄腔内投与ですが、それでも最初にビンクリスチンの髄腔内投与が報告された91968年からもう50年以上が経過してもそれでもまだ同様の事故が起きているということはなかなか残念な話ですが、逆にこれは個人を責めても同様の事故を防ぐことができないことを示していると思います。どうやって防ぐか、なんとかシステムベースで考えていけたらと思います。もちろんビンクリスチンの髄腔内投与がいかに危険なことであるかを皆さんに伝えていくこともとても大事なことだと思いますので、ぜひ私を含めて医療関係者の皆さんにはこのような事故がありうるということを知っていただけたらと思います。
参考文献
1. 日本放送協会. 抗がん剤注射後 1人死亡2人重体 埼玉県立小児医療センター. NHKニュース. March 11, 2026. Accessed March 11, 2026. https://news.web.nhk/newsweb/na/na-k10015072781000
2. Inc N. 抗がん剤誤投与、乳児死亡 静岡、白血病治療受けられず. 日本経済新聞. February 17, 2022. Accessed March 11, 2026. https://www.nikkei.com/article/DGKKZO80215450X10C22A2CE0000/
3. Noble RL. The discovery of the vinca alkaloids–chemotherapeutic agents against cancer. Biochem Cell Biol. 1990;68(12):1344-1351.
4. Saha AS, Islam MdF, Bhattacharya S, Giri PP. Clinical Presentation of Inadvertent Intrathecal Vincristine Masquerading Guillain–Barre Syndrome. Indian J Hematol Blood Transfus. 2016;32(Suppl 1):59-61. doi:10.1007/s12288-016-0666-y
5. Lagman JL, Tigue CC, Trifilio SM, Belknap S, Buffie CG, Bennett CL. Inadvertent intrathecal administration of vincristine. Community Oncology. 2007;4(1):45-46. doi:10.1016/S1548-5315(11)70022-5
6. Babaee A, Yasin H, Berger B, Simon M. Inadvertent intrathecal application of vindesine and its neurological outcome: case report and systematic review of the literature. Brain Spine. 2025;5:104292. doi:10.1016/j.bas.2025.104292
7. Noble DJ, Donaldson LJ. The quest to eliminate intrathecal vincristine errors: a 40-year journey. Quality and Safety in Health Care. 2010;19(4):323-326. doi:10.1136/qshc.2008.030874
8. Fernandez CV, Esau R, Hamilton D, Fitzsimmons B, Pritchard S. Intrathecal vincristine: an analysis of reasons for recurrent fatal chemotherapeutic error with recommendations for prevention. J Pediatr Hematol Oncol. 1998;20(6):587-590. doi:10.1097/00043426-199811000-00022
9. Schochet SS, Lampert PW, Earle KM. Neuronal changes induced by intrathecal vincristine sulfate. J Neuropathol Exp Neurol. 1968;27(4):645-658.

