臨床医が知っておくべきパラコート・ジクワット中毒

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はじめに

今回は臨床医としてはかなり嫌な中毒についてのお話しです。中毒は多くの場合時間が解決してくれるものです。健康な腎臓と健康な肝臓があれば自然と解毒して体の外に毒を排泄してくれて時間とともに症状が良くなります。しかし、中には非常に重篤な中毒を起こして、どんな治療を行っても致死的になる中毒があります。その代表的なものがパラコート・ジクワット中毒です。

毒性の強さ

どの程度毒性が強いかというと、20%のパラコートをたった10ml服用しただけでも致死的になるとされています。あまりにも毒性が強く、国によってはパラコートの販売が中止されています。日本では20%もの高濃度のパラコートは販売されていませんが、現在でも5%の濃度のパラコートは販売されています。除草剤としての有効性が高く、比較的安価であることがその背景にありますが、中毒リスクを考えると対策が求められます。

パラコート・ジクワットの化学的特性と毒性記事

このパラコートとジクワットはともにビピリジン化合物と分類される除草剤になります。ビピリジンとはピリジン(ベンゼンの6つの炭素のうち一つが窒素Nに置き換わったもの)が2つ組み合わさった形をしています。実際の構造式も示します。どちらにもピリジンが2つあるのが分かるかと思います。

パラコート

ジクワット

このパラコート・ジクワットのピリジンの窒素原子は正に帯電しており、電子を引き受けることができ、NADHまたはNADPHから電子を引き受けた状態がパラコートラジカル・ジクワットラジカルになります。パラコートラジカル・ジクワットラジカルは受け取った電子を酸素分子に与えることでO2ラジカルが発生します。これがパラコート・ジクワットの毒性のメインのメカニズムになります。酸素投与をすると活性酸素が発生しやすくなるために酸素投与は避けるというのがよく言われていることです。

Journal of Biological Chemistry 282(11):7939-49より引用

また、活性酸素を無毒化するためには還元型グルタチオン(GSH)が必要なのですが、還元型グルタチオンはNADPHがその産生に必要で、パラコートやジクワットではその代謝の家庭でNADPHが消費されて、還元型グルタチオンの産生が低下しまうこともその毒性の悪化につながっています。

Drug Saf. 2010 Sep 1;33(9):713-26.より引用

臨床症状

これらの細胞毒性は非特異的で、それぞれがどこに分布によってどこに障害がでるか変わってきます。

肺障害

パラコートは特に肺に分布することがしられており、肺障害が有名です。肺の線維化が徐々に進行してARDSに至ります。大量に服用した場合には急性期に多臓器不全に至って亡くなることが多いですが、服用量が少なかった場合は急性期を乗り越えてように見えて徐々に肺病変が悪化して数週間の経過で悪化して死につながります。

腎機能障害

パラコートもジクワットも代謝されずに腎臓で排泄されるため腎障害も起こします。

粘膜障害

パラコートで特に有名ですが、これらの除草剤は粘膜を障害するため、消化管の穿孔などが起きることもあります。Paraquat Tongue(パラコート舌)といってパラコートで舌がただれることもよく知られており1、口の中がただれてPseudodiphtheria(偽ジフテリア)と言われることもあります2

高い致死率

そしてやはり医療従事者を悩ませるのはその致死率の高さです。以前は20%のパラコートが販売されていて、その濃度であればたった10-20mlの服用で致死的になると報告されており、全体でみてもパラコート中毒の死亡率は50−90%程度で、自殺目的で服用した場合には死亡率は100%に近いとされています。

診断

診断によく使われるのはUrinary dithionate testというものです。尿を約10mlに1gの重炭酸ナトリウムと1gの亜ジチオン酸ナトリウムを加えて尿の色の変化を見ます。(その他にも方法があります)尿が青くなったらパラコート中毒、緑になったらジクワット中毒と判断します。このテストで濃い色がでるほど、尿中のパラコート・ジクワットの濃度が高いとされています。わずかに色づくぐらいであれば助かる可能性があるけれど、濃い色になると救命で切る可能性が低いです。3また同様のテストを血清にすることもできます。1%の亜ジチオン酸ナトリウムを含む2Mの水酸化ナトリウム水溶液200μLを2mlの血清に加えて反応をみます。血清の検査では色がついたら死亡の可能性が極めて高いです。

予後判定

ノモグラムも複数開発されていますが、いずれも予後(死亡可能性)を評価するものと、この中毒の深刻さを表しています。服用時間から何時間経過しているかと、血中濃度をノモグラムにプロットすることで死亡可能性を評価することができます。4,5 またSIPP(Severity Index of Paraquat Poisoning)という指標もあります。SIPPは血清濃度(mg/L)を測定して、その濃度と服用後の時間をかけて得られる値になります。10以下は救命できる可能性があり、10−50であれば肺の線維化に伴って死亡する可能性があり、50以上であれば急性期にショックに至って死亡するとされます。6 その他にも腎不全の進行や4−6日経過した後の肺のすりガラス影も生存の可能性を低下させるとされます。

治療

残念ながら決定的な治療法はあまりないのが実際です。上記のように死亡率が非常に高いために、さまざまな予後判定因子をみたうえで救命できないと判断した場合には救命よりも最後の時間を苦しまずに過ごせるように緩和的治療に移ることも大事な判断になります。

酸素投与を避ける

酸素投与は上記のように活性酸素の増加に繋がる可能性があり、酸素投与は極力控えるのが原則になります。SpO2が多少低いぐらいであれば、なんとか酸素投与せずに粘る必要があります。ただ、命がたすからないと判断した場合には苦しくないように必要な酸素を投与します。

血液吸着・血液濾過

血液吸着療法および血液濾過が有効である可能性があります。基本的に腎機能が問題なければ腎臓で排泄されますが、腎機能が悪化した場合には特に血液透析が有効である可能性があるほか、特に中毒の早期には有効である可能性があります。中国での研究からの研究では6時間毎の血液灌流に加えて持続血液濾過を行うことにより予後が改善されるというデータがでています7が、血液灌流がすぐに開始できる施設もそれほどないことや6時間毎に血中濃度が低下するまで行うというプロトコールを考えると(血中濃度が簡単に測定できる施設がない)、これを標準治療するのは日本ではなかなかハードルが高いです。もし摂取後6時間以内に開始できるなら積極的に血液濾過と持続血液濾過を行うのが理想的であるとは言えると思います。

免疫抑制療法

ステロイドとシクロフォスファミドを組み合わせた免疫抑制治療も効果的かもしれないと言われていましたが、比較的大きなスタディーで効果がないと示されており8、ルーチンでの免疫抑制治療は推奨されないというのが現時点での推奨になります。

その他

ビタミンCやビタミンE、グルタチオンなどさまざまな治療が試されていますがいずれも決定的ではないです。

予防と対策

有効な治療が確率されていない、致死的な中毒であり、なんとか暴露を防ぐことがとにかく大事になります。危険性を周知して服用しないように呼びかけることも大事です。(最後は肺がやられて苦しそうに亡くなることが多い中毒でもあり、是非できることなら避けてほしい中毒です)また、こういった除草剤をオリジナルの容器ではなく別の容器にいれる、例えばもとの容器からペットボトルに移すなど、は絶対に避ける必要があります。間違って内服してしまって命を落とすなど悔やんでも悔やみきれません。万一自宅にパラコート・ジクワットを含む除草剤がある場合には管理には厳重な注意を払う必要があります。

参考文献

1. Patel RK, Sa DK, Behra A, Meher K. A Rare Case of “Paraquat Tongue.” Indian J Dermatol. 2020;65(3):245-246. doi:10.4103/ijd.IJD_659_18

2. Stephens DS, Walker DH, Schaffner W, et al. Pseudodiphtheria: prominent pharyngeal membrane associated with fatal paraquat ingestion. Ann Intern Med. 1981;94(2):202-204. doi:10.7326/0003-4819-94-2-202

3. Koo JR, Yoon JW, Han SJ, et al. Rapid analysis of plasma paraquat using sodium dithionite as a predictor of outcome in acute paraquat poisoning. Am J Med Sci. 2009;338(5):373-377. doi:10.1097/MAJ.0b013e3181b4deee

4. Hart TB, Nevitt A, Whitehead A. A new statistical approach to the prognostic significance of plasma paraquat concentrations. Lancet. 1984;2(8413):1222-1223. doi:10.1016/s0140-6736(84)92784-3

5. Senarathna L, Eddleston M, Wilks MF, et al. Prediction of outcome after paraquat poisoning by measurement of the plasma paraquat concentration. QJM. 2009;102(4):251-259. doi:10.1093/qjmed/hcp006

6. Sawada Y, Yamamoto I, Hirokane T, Nagai Y, Satoh Y, Ueyama M. Severity index of paraquat poisoning. Lancet. 1988;1(8598):1333. doi:10.1016/s0140-6736(88)92143-5

7. Li C, Hu D, Xue W, et al. Treatment Outcome of Combined Continuous Venovenous Hemofiltration and Hemoperfusion in Acute Paraquat Poisoning: A Prospective Controlled Trial. Crit Care Med. 2018;46(1):100-107. doi:10.1097/CCM.0000000000002826

8. Gawarammana I, Buckley NA, Mohamed F, et al. High-dose immunosuppression to prevent death after paraquat self-poisoning – a randomised controlled trial. Clin Toxicol (Phila). 2018;56(7):633-639. doi:10.1080/15563650.2017.1394465

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プロフィール
千葉拓世
千葉拓世
中毒好き救急医
ひょんなことから中毒診療に魅了され、今では救急医として日々中毒診療に携わっています。救急科医としては、さまざまな患者さんに対応していますが、特に中毒に関する知識と経験を深めてきました。 家庭では、良き父親であることを心がけているつもりですが、その成果については自分でも判断しきれない部分があります。家族との時間を大切にしながら、仕事にも全力を尽くしています。 このブログでは、救急や中毒に関する情報を不定期にお届けできたらと思っています。少しでもお役に立てる内容を提供できれば嬉しいです。
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