硫化水素って何?

2025年2月18日に福島市の高湯温泉で、3人のホテル従業員の方が亡くなる事故がありました。硫化水素中毒が原因と報道されています。突然3人もの方が仕事中にお亡くなりになったという痛ましい事故で、なんとかならなかったのかと悔しい思いがします。1
また2025年1月下旬には埼玉県八潮市で道路の陥没事故が起こりました。この事故は下水管が腐食して穴が空いて、そこから土壌が流れ込んで地下に空洞ができることで道路の陥没につながったのではと言われています。また、取り残された運転手を救出する際にも、流水により足場が不安定となっていたことの他に下水道内での硫化水素も救助の妨げとなったとされています。2
このように最近ニュースで見る機会の多い硫化水素とは何か?どのような危険があるのか?そして、どうやって自分の身を守るのか?を解説します。
硫化水素とは?どんな場所で発生するのか?
硫化水素(H₂S)の基本情報
硫化水素は、その名の通り硫黄の原子と水素の原子が組み合わさった分子で、無色で腐った卵のような強烈な臭いを持つガスです。
水に溶けやすく、空気よりも重いため、低い場所に溜まりやすいという特徴があります。この空気よりも重たいというのが曲者で、窪地や地下空間、密閉空間に溜まってしまうとなかなか薄まらず、濃度が高くなりやすく、そのために事故が現在も多発しているのです。
硫化水素が発生しやすい場所
1. 温泉地・火山周辺
温泉では、地下から噴出する火山性ガスに硫化水素が含まれることがあります。
火山周辺では、地熱活動によって硫化水素が自然に発生します。
福島市高湯温泉の事故のように、温泉旅館や露天風呂でも硫化水素中毒のリスクがあるため注意が必要です。温泉地や火山周囲では独特な硫黄の匂いがしますよね。
2. 下水道・マンホール・貯水槽
下水や汚泥の分解によって硫化水素が発生します。タンパク質が細菌によって分解されることで硫化水素が発生します。
マンホールの中や、浄化槽・貯水槽の点検作業中に中毒事故が多発しています。
埼玉県八潮市の事故では、下水管が破裂し、硫化水素の発生が懸念されました。また下水管やマンホール内での作業中の事故も多数報告されています。
3. 石油・天然ガスの採掘現場
地下資源の採掘では、硫化水素を含むガスが噴出することがあります。
油田やガス田では「酸性ガス(sour gas)」と呼ばれる硫化水素を含むガスが発生することがあります。こういった事故は一度に多量の硫化水素ガスが発生することがあり、200名以上の方が亡くなるような大変な事故が起きたことも報告されています。3
4. 農業・畜産業
家畜の糞尿が細菌によって分解されることで硫化水素が発生。
堆肥施設や糞尿貯蔵タンクでの作業中に中毒事故が発生することがあります。
5. 工場・化学施設
製紙工場、ゴム加工工場、金属精錬工場などで硫黄を含む物質が化学反応を起こすことで発生。
このように硫化水素中毒は職場関連での有毒ガス吸入による事故としてはかなり重大なものがあります。古いデータですが1990年代の米国では建設業界において有毒ガス吸入による死亡者の18%が硫化水素中毒であったと報告されています。
硫化水素はなぜ危険なのか?
「ノックダウンガス」:一瞬で意識を失う恐怖
硫化水素は、少量でも人体に影響を及ぼし、高濃度では一瞬で意識を失うほど強力な毒性を持っています。高濃度になるとほんの1−2呼吸するだけで死に至ることもあり、その場でバタッと倒れてしまうということがおこります。そのため硫化水素は「ノックダウンガス」とも呼ばれ、この急激な発症を「slauterhouse sledgehammer effect ― 屠殺場の大槌(大ハンマー)効果」とも呼んでいます。このような呼び名がつくほど、その危険性が高いことがわかります。
下記に硫化水素の濃度による症状・効果の変化を示します。
濃度(ppm) | 影響・症状 |
0.01~0.3 ppm | 臭いを感じ始める(個人差あり) |
20~30 ppm | 強い腐卵臭を感じる |
100~150 ppm | 嗅覚が麻痺し、臭いを感じなくなる |
300 ppm以上 | 呼吸困難・意識消失(ノックダウン) |
1,000 ppm以上 | 1~2回の呼吸で呼吸停止・死亡 |
特に危険なのは、「臭わなくなったから大丈夫」と思ってしまうこと!
→ 高濃度では匂いを嗅ぐ神経(嗅神経)が麻痺し、臭いで危険を判断できなくなる。
匂いを感じなくなったからといって安全とは限らず、匂いを感じないからこそ危険である可能性があるのです。
硫化水素中毒の恐ろしさ
助けに行った人が犠牲になる
硫化水素中毒の特徴的な事故として、「助けに行った人も犠牲になる」ことが多い点が挙げられます。
例えば…
マンホールの中で作業員が倒れる
同僚が助けに入る → 救助者も倒れる
さらに別の人が助けに入り、次々と犠牲者が増える
このような事故が後を絶ちません。
誰かを助けにいくという褒め称えられるべき行動がさらなる犠牲者を生んでしまうというなんとも言えない事態で、硫化水素中毒を疑う状況であれば、まずは助けに行くよりも先に自分の安全を確保することを意識してください。
ではどんな場面では硫化水素中毒を疑うのでしょうか?
硫化水素中毒を疑うべき状況
以下のような場面では、硫化水素中毒を疑うべきです。
疑うべき状況
・温泉地や火山付近で突然人が倒れた
・下水道やマンホールで作業中の人が意識を失った
・硫黄の臭いがする場所で複数の人が倒れている(腐った卵のような匂い)
・貯水槽・堆肥施設・工場内での事故
・突然何人もの健康な人が倒れる
どう対処すればよいか?
絶対に無防備で助けに行かない!
硫化水素中毒が疑われる場合、防護具や酸素ボンベ、硫化水素の濃度測定器などがないと助けに行ってはいけません!
<正しい対応>
自分の安全を最優先する
119番通報し、専門の救助隊を呼ぶ
周囲に危険を知らせ、二次被害を防ぐ
被害者を新鮮な空気のある場所に移す(ただし防護具がない場合は無理に助けに行かない)
酸素があれば酸素投与
病院での治療
医療機関では、酸素投与が最も重要ですが、以下の治療も行われます。
解毒治療(エビデンスは限定的)
亜硝酸ナトリウム(Sodium Nitrite):メトヘモグロビンを生成し、H₂Sと結合させて無毒化。
ヒドロキソコバラミン(Hydroxocobalamin):H₂Sとの結合を介して解毒作用を示す。
ただし、これらの治療法は一般的ではあるものの、すべての病院でこれらの解毒剤をストックしているわけではなく、また人での有効性についてははっきりと立証されているわけではありません。そもそも硫化水素中毒の場合、病院にたどり着くことができないことも多いのです。なかなか医療機関での対応も難しい中毒です。
まとめ
・硫化水素は温泉、火山、下水、農場などで発生する
・重篤な場合「ノックダウンガス」で一瞬で意識を失うことがある
・臭いがしない場合は実は危険な可能性
・救助者も犠牲になりやすい
・防護具なしでは絶対に助けに行かない
硫化水素中毒を防ぐために、正しい知識を身につけ、冷静な対応を心がけましょう!
より詳しいメカニズム・症状・治療についてはこちらの記事をどうぞ

1. 日本放送協会. 福島高湯温泉3人死亡 くぼ地で発見 硫化水素吸って倒れたか|NHK 福島県のニュース. NHK NEWS WEB. February 21, 2025. Accessed February 22, 2025. https://www3.nhk.or.jp/lnews/fukushima/20250220/6050028876.html
2. 下水道管内の作業「至難の業」、阻む速い水流・硫化水素 陥没事故:朝日新聞. 朝日新聞. February 10, 2025. Accessed February 22, 2025. https://www.asahi.com/articles/AST2B3H73T2BUTNB004M.html?iref=ogimage_rek
3. China Gas Leak Aftermath – CBS News. December 25, 2003. Accessed February 21, 2025. https://www.cbsnews.com/news/china-gas-leak-aftermath/