ボツリヌス毒素の型および作用メカニズム、ボツリヌス抗毒素について

はじめに
ボツリヌス毒素(BoNT)は、地球上で最も強力な神経毒素の一つです。LE50が0.001μg/㎏で、他の破傷風、シガトキシンよりもLD50が低く、非常に強力な毒といえます。ボツリヌス中毒は遭遇する可能性は非常に低いですが、呼吸抑制によって致死的になる可能性もある中毒であり救急医療においてしっかりとした対応が求められます。(とはいえ診断は難しく、容易に確定できない中毒ではありますが。)
ボツリヌス中毒について、どんな発症様式なのか、どんなところに注意したらよいかなと一般の方向けの記事はこちらをどうぞ

ボツリヌス毒素の型と特性
ボツリヌス毒素は、Clostridium botulinum などのクロストリジウム属細菌が産生する毒素であり、A~H型の8つの主要な血清型に分類されます。人におけるボツリヌス中毒はほとんどがA、B、E、F型であり、C、D型は動物に感染し、G型は病原性が確認されていません。H型は2014年に乳児ボツリヌスで分離されて報告されています。
毒素の作用メカニズム
ボツリヌス毒素は神経筋接合部に作用し、アセチルコリンの放出を不可逆的に阻害します。各型の毒素は、SNARE(Soluble NSF Attachment Protein REceptor)タンパク質群を特異的に切断することで、シナプス小胞の膜融合を阻害し、神経伝達を停止させます。
- 標的部位への結合 毒素の重鎖(100 kDa)が神経終末の特異的受容体に結合し、エンドサイトーシスにより細胞内へ取り込まれる。
- 細胞内移行と膜貫通 小胞内で酸性化が進むと、毒素の重鎖が小胞膜にチャネルを形成し、軽鎖(50 kDa)が細胞質へ移行する。
- SNAREタンパク質の切断 軽鎖はZn²⁺依存性エンドペプチダーゼとして機能し、SNAREタンパク質のうち、特定の部位を切断する。
- A型・E型:SNAP-25(シナプス小胞膜融合に必須)を切断。
- B型・D型・F型・G型:VAMP(シナプトブレビン)を切断。
- C型:SNAP-25とsyntaxinの両方を切断。
- アセチルコリン放出の阻害 SNARE複合体が破壊されることで、小胞の神経膜への融合が阻害され、アセチルコリンの放出が停止する。その結果、神経筋伝達が遮断され、弛緩性麻痺が進行します。

上記のようなメカニズムでボツリヌス中毒は進行性の弛緩性麻痺を引き起こし、迅速な診断と治療が予後を左右する疾患です。その治療の中心となるのがボツリヌス抗毒素(Botulinum Antitoxin, BAT) です。抗毒素は、遊離した毒素を中和し、さらなる神経筋接合部の障害を防ぐ役割を果たします。
ボツリヌス抗毒素(BAT)
日本においては、ボツリヌス抗毒素は馬由来で、A・B・E・F型に対応する4価のものになります。米国における抗毒素はA〜G型まで対応する7価のもので、別のものになりますが、米国の抗毒素では発症から2日以内に投与することで人工呼吸器の期間、ICU滞在期間、入院期間を短縮すると報告されています。1,2
馬由来の血清であるため、マムシの抗毒素血清と同じようにアナフィラキシーや血清病などのリスクは当然ありますが、それを上回る利益があると考えられます。
日本においてボツリヌス抗毒素は国有ワクチンとなっており、保健所や県の薬務課などを通じて国から入手することになります。発生はかなり稀ではあるものの、バイオテロにより使用される可能性があるなど、国として備蓄せざるを得ない抗毒素というわけです。
抗毒素はまだ神経終末にたどり着いていないBoNTしか中和できないため、すでに起きてしまった麻痺を改善することはできないことに注意が必要です。すでに呼吸筋麻痺が起きてしまったら抗毒素で症状を改善しようとするのではなく、挿管も含めた適切な呼吸管理を行うことが重要です。ただ挿管管理を行ったとしても麻痺の進行を防ぐために早期に抗毒素を投与する必要があります。
ちなみに米国には乳児のボツリヌスに対して、ヒト由来の免疫グロブリンでボツリヌス毒素に対応するBaby BIG(botulism antitoxin antibodies as botulism immune globulin)という製剤があります。A型とB型にしか対応していませんが、馬由来の抗毒素と同様にICU滞在、人工呼吸器の期間などを短縮させて、しかもアナフィラキシーのような副反応が少なく安全とされています。3,4残念ながら日本では手に入りませんが。
また、日本の抗毒素も4価ではなく7価にしたほうがよいと感じる方もいるかもしれませんが、日本で過去に発生したボツリヌス症で毒素の型がわかっているものはすべてがA、B、またはE型で5、必ずしも7価がいいというわけではないかもしれません。
臨床的注意点
抗毒素の投与に際しては、以下の点に注意が必要です。
- 副反応のリスク:馬由来の抗毒素は血清病やアナフィラキシーを引き起こす可能性があります。
- 投与後の観察:特に最初の1時間は血圧、心拍数、呼吸状態を厳重にモニタリングする必要があります。
- 併用禁忌薬:筋弛緩作用を増強する可能性があるアミノグリコシドやフルオロキノロン系抗菌薬は避けるのが望ましいです。
- 検体採取は抗毒素投与前に実施:血清や尿などのサンプルは抗毒素を投与した後では検査ができなくなるので、抗毒素投与前に採取してください
まとめ
ボツリヌス毒素にはA〜Hまで8つの型があります。
いずれの型であってもSNARE蛋白を切断することで、シナプス終末からのアセチルコリン放出を阻害して麻痺を起こします。
早期の抗毒素の投与が予後改善につながるため、疑わしいと思ったら早期に県を通じて国有ワクチンであるボツリヌス抗毒素を入手して投与しましょう
馬由来の抗毒素であるためアナフィラキシーや血清病には十分に注意しましょう。
1. BAT (Botulism Antitoxin Heptavalent (A, B, C, D, E, F, G) – (Equine) | FDA. Accessed February 15, 2025. https://www.fda.gov/vaccines-blood-biologics/approved-blood-products/bat-botulism-antitoxin-heptavalent-b-c-d-e-f-g-equine
2. Tacket CO, Shandera WX, Mann JM, Hargrett NT, Blake PA. Equine antitoxin use and other factors that predict outcome in type A foodborne botulism. Am J Med. 1984;76(5):794-798. doi:10.1016/0002-9343(84)90988-4
3. Arnon SS, Schechter R, Maslanka SE, Jewell NP, Hatheway CL. Human Botulism Immune Globulin for the Treatment of Infant Botulism. New England Journal of Medicine. 2006;354(5):462-471. doi:10.1056/NEJMoa051926
4. Underwood K, Rubin S, Deakers T, Newth C. Infant Botulism: A 30-Year Experience Spanning the Introduction of Botulism Immune Globulin Intravenous in the Intensive Care Unit at Childrens Hospital Los Angeles. Pediatrics. 2007;120(6):e1380-e1385. doi:10.1542/peds.2006-3276
5. ボツリヌス症とは. Accessed February 15, 2025. https://www.niid.go.jp/niid/index.php/ja/ja/kansennohanashi/7275-botulinum-intro.html