G-6BGPL5NXDT 腐食性物質・酸やアルカリによる中毒|救急と中毒のホントの話

腐食性物質・酸やアルカリによる中毒

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腐食性物質(Caustics)って?

腐食性物質と言われてもあまりピンと来ないかもしれませんが、具体的にいうと酸やアルカリなど食道や胃の粘膜を障害する物質のことをいいます。具体的には塩酸(酸)、酢酸(酸)、水酸化ナトリウム(アルカリ)などの酸・アルカリが含まれますが、その他にも生石灰のような乾燥剤、フェノールやベンザルコニウムのような消毒薬なども含みます。つまりは消化管の粘膜に化学的ダメージを与えるものです。

そんな塩酸や水酸化ナトリウムのような危険なものは家にはなくて、工場とかの話ではと考えるかもしれませんが、台所用漂白剤やパイプクリーナーなどは次亜塩素酸や水酸化ナトリウムが含まれているアルカリ性の液体です。またトイレ用洗剤などには塩酸入っていて、酸性であったりします。もちろん濃度は工場や実験室などで使用される高濃度のものに比べたら随分薄いわけですが。

1920年代に家庭用洗剤に使われていた水酸化カリウムなど家庭用の洗剤などで健康被害が起こり、それに対応するかたちでFederal Caustic Poison Actというのが1927年にできたのが、米国では最初にできた家庭での中毒を防ぐための法律でした。日本でも米国でもさまざまな規制があり、腐食性物質の中毒はそれほど多くは見られなくなってきましたが、現在でも子どもの誤飲や自殺企図による洗剤の服用など問題がなくなったわけではありません。ジェルボール型洗剤は現在も大きな問題になっています。1(*米国ではジェルボール型洗剤での死亡事故も報告されていまっすが、日本では肺炎などの重症例はあるものの死亡例については報告されていないようです。)

・腐食性物質には酸・アルカリの他、フッ化水素などさまざまな種類がある

・工場や実験室のみではなく、家庭でも広く使われている

・子どもの誤飲はジェルボール型洗濯も含めて現在でも問題となっている

腐食性物質による損傷のメカニズム

酸とアルカリで消化管の粘膜を損傷するメカニズムは異なります。酸性の物質による損傷では凝固壊死(Coagulation Necrosis)が起こります。粘膜の表面が凝固して、膜を作りあまり深くまでは浸透しないとされています。アルカリによる損傷では液化壊死(Liquefactive Necrosis)を起こします。台所用漂白剤が手についたときにヌルヌルしてなかなか落ちないと感じたことはありませんか?これはアルカリにより組織が溶かされていっている所見です。酸による凝固壊死と違い、どんどん組織の深くまで進行していくのが特徴で、より重症になりやすいとされています。

酸でもアルカリでもpHが中性から離れるほど重症化しやすく、一つの目安としてpH<2、pH>12が挙げられています。

障害のタイプ代表例
凝固壊死(Coagulation Necrosis)塩酸(HCl)、硫酸(H2SO4)、硝酸(HNO3)、酢酸(CH3COOH)
アルカリ液化壊死(Liquefactive Necrosis)水酸化ナトリウム(NaOH)、水酸化カリウム(KOH)、アンモニア(NH4OH)、次亜塩素酸ナトリウム(NaClO)

その他特徴的な腐食性物質としてフッ化水素が挙げられます。ガラス細工に使ったり、金属の洗浄に使われたり、半導体加工に使われる薬剤ですが、酸として接触面の障害を起こすのみならず、カルシウムやマグネシウムと結合して、低カルシウム血症・低マグネシウム血症を引き起こして致死的不整脈を引き起こすことがあり、特に注意が必要な中毒で、これは腐食性物質という分類としてよりも別のくくりとして考えたほうがいい中毒でもあります。

・酸は凝固壊死―表面に膜を作り深部への浸透を防ぐ

・アルカリは液化壊死―組織を溶かして深くまで進行―重症化しやすい

・強酸および強アルカリは重篤化しやすい(pH<2、pH>12でリスク高い)

腐食性物質の中毒による症状

腐食性物質の中毒は大きく分けて急性期の症状と遅発性の症状の2つがあります。

急性期の症状として口腔粘膜・咽頭・喉頭・食道・胃の粘膜に障害が挙げられます。口の中や喉が痛くなったり、喉頭に損傷があると呼吸が苦しくなったりします。もっと深く、食道や胃がやられると潰瘍ができたり、ひどくなると消化管穿孔を起こしたりします。穿孔すると当然腹膜炎や縦隔炎など深刻な合併症につながる可能性があります。穿孔ではなく、食道や大動脈に穿通することもあります。

その他に皮膚や眼にふれると化学熱傷や角膜損傷を起こすことがあり、早めに洗浄することが大事になります。

遅れて出現する症状として代表的なものは、消化管の損傷に伴うもので、数週間後ぐらいに明らかになるものです。狭窄に伴う通過障害でバルーンなどによる拡張術や手術による再建が必要になることもあります。その他に数年から数十年立ってから食道がんのリスクになることも知られています。

直接的な粘膜の障害以外に前述のようにフッ化水素では急性期に低カルシウム・低マグネシウムによる致死的不整脈のおそれがある他(経口摂取ではなく皮膚への暴露でもこの電解質異常はおきるので注意が必要です)、次亜塩素酸ナトリウムでは発生した塩素ガスの吸入でARDSなど肺の障害を起こすことがあることも、それぞれの物質に特徴的な症状としてでてきます。

・短期的に穿孔・疝痛などのリスクがある

・長期的には狭窄を起こしたり、食道がんを起こしたりする。

評価および治療

どんな時もABCの安定化から始まるわけ、必要に応じて気道確保などが必要になります。もちろん医療関係者の安全は当然ながら優先されます。できるだけ病院の中に入る前に除染は済ませる必要があります。ABCが安定したら、まずはどんな物質なのか、どれぐらいの時間暴露されたのか、何時間前だったのか、症状はあるのか、自殺企図なのか事故なのか、何か処置を行ったのか、など必要な情報を収集します。経口摂取の場合にはどれぐらいの量(一般的に自殺企図では多量に服用して、誤飲では少量のことが多い)服用したのか、どの程度の濃度のものであったのか(工業用製品は家庭用製品に比べて高濃度なことが多く、より重篤な損傷を引き起こす可能性があります。)など確認する必要があります。症状として気になるのは、よだれが止まらない、吐血、嚥下障害、腹痛、呼吸困難などの症状が注意したいところです。小児でのかなり古い研究ですが、流涎(よだれ)・嘔吐・上気道狭窄音(Stridor)があるかどうかが消化管粘膜の障害があるかと関連すると言われています。2この時、頬・口・咽頭など目に見えるところにすでに障害があるなら消化管の障害が起きている可能性が高いけれど、見えるところに何もなくても食道や胃粘膜の障害がないとはいいきれないことです。3障害の程度を評価する上でもっとも大事な検査に上部消化管内視鏡検査があります。内視鏡検査をしたほうがいいかどうかは非常に難しいところですが、現時点では2020年にでたNEJMの総説で紹介されているフローに従うのが一番よいかと思います。4

腐食性物質の誤飲に対する対応 フローチャート

Screenshot

Hoffman RS, Burns MM, Gosselin S. Ingestion of Caustic Substances. N Engl J Med. 2020 Apr 30;382(18):1739-1748. より引用

一般的には酸よりもアルカリの方が障害が起こりやすいとされている割には、研究が酸についてはあまりなく、どのような患者さんなら内視鏡検査が不要かあまり明確になっていないのは面白いところです。アルカリである場合には自殺企図のような意図的な中毒であれば全例内視鏡が進められています。また意図的ではない誤飲の場合には症状ベースで内視鏡をするかどうか考えていくというかたちになります。また、酸による障害の場合はあまり過去の研究などがなく、全例内視鏡が推奨となっています。これについては異論もあり最近も酸とアルカリでそれほど予後に違いはないのでは、酸の誤飲でも無症状なら内視鏡は不要では?という報告もでていますが5、まだ後ろ向き研究しかなく症例数も少なく確定的なことが言える状況ではないように思えます6。酸でごく少量の場合には私であれば製品のpHなどをみて、pH<2.0などの強酸であれば内視鏡をしたほうがいいかなと考えています。(エビデンスはありませんが。)ちなみに内視鏡の評価は組織が柔らかく脆弱になる48時間後以降は行わない方がいいとされており、内視鏡評価は理想的には24時間以内が望ましいとされています。

・酸についてはあまりデータがないため内視鏡評価の敷居は低めに

・アルカリについては意図的な服用は内視鏡的評価を

・アルカリで意図的ではない誤飲であれば症状ベースで内視鏡を行うか検討

内視鏡評価後の治療・議論の分かれるステロイド使用

このフローを見ていてUsta Protocolという見慣れない単語を見つけた方もいるかも知れません。内視鏡による評価ではその重症度分類にZargar分類があります。その評価の程度により予後が変わってきます。Gradeが0−4まであり、(2と3はAとBに分かれます。)4の方が重症です。0−2A 程度までであれば症状を見ながら食事を開始して、予後は比較良好です。問題は2Bよりも重症の場合です。3Aや3B については外科とも相談して今後の対応を考えていく必要があります。穿孔や穿通を起こしてしまったら手術的治療が必要なため、Grade3A異常では絶食の上で外科の先生とも密に連絡をとりながら対応を考慮する必要があります。境界的な立ち位置なのがGrade2Bです。深い潰瘍が見られる2Bですが、狭窄のリスクは高いものの穿孔のリスクはあまり高くない状態です。ここで出てくるのがUsta Protocolです。これはUstaさんたちが報告したRCT7でのプロトコールでラニチジン、セフトリアキソンを1週間投与してTPNで管理というのは両郡で同じで、メチルプレドニゾロン1g/1.73m3を介入群は投与して、非介入群は投与しないという治療で、7割以上の患者はアルカリで、スタディー自体はかなり小さいものでした。過去の研究でステロイドはあまり有効ではないという結果がたくさん出ているなか、2Bに絞ってしかも短期間のステロイドにしたのが良かったのではと言われています。ステロイドの使用については、今後もいろいろなスタディーが出るでしょうし、このスタディーの大きさからすると結果がひっくり返る可能性も十分にあるとは思いますが、現時点でのコンセンサスとしてはGrade2Bのアルカリによる障害の場合にはステロイドを抗生剤や制酸薬と一緒に投与するのは比較的スタンダードな治療といえると思います。

Grade所見予後
0正常完全回復
1浮腫と発赤完全回復
2A組織が脆弱、出血あり、浅い潰瘍あり狭窄は起こりにくい
2B2Aの所見に加えて深い潰瘍あり狭窄はリスク高い
穿孔は少ない
3A小さな壊死巣が散在狭窄リスク高い
穿孔リスクあり
3B広範囲な壊死狭窄・穿孔のリスク高い
4穿孔あり致死的

・内視鏡が必要なら24〜48時間以内に行い、Zargar分類を元に治療方針を決定。

・0-2Aなら症状を見ながら食事開始して保存的に

・2Bでアルカリによる障害ならステロイドが有効かも

・3A-4であれば外科的治療が必要になる可能性が高い。

以上が腐食性物質を摂取した患者さんの評価や治療についてのまとめです。少しでもわかりやすくなっていれば嬉しいです。昔の文献を見ていると、Lyeといって水酸化カリウムを家庭用洗剤で使っていたようで、それは当然小児の誤飲も増えるよなと感じさせられます。今の洗剤は先人の努力で安全になってきていて重症の腐食性物質の中毒を見る機会は減っていますが、それでも重症例はまだ散見されますので、対応方法については把握できたらいいですね。

参考文献

1. Valdez AL, Casavant MJ, Spiller HA, Chounthirath T, Xiang H, Smith GA. Pediatric exposure to laundry detergent pods. Pediatrics. 2014;134(6):1127-1135. doi:10.1542/peds.2014-0057

2. Crain EF, Gershel JC, Mezey AP. Caustic Ingestions: Symptoms as Predictors of Esophageal Injury. American Journal of Diseases of Children. 1984;138(9):863-865. doi:10.1001/archpedi.1984.02140470061020

3. Previtera C, Giusti F, Guglielmi M. Predictive value of visible lesions (cheeks, lips, oropharynx) in suspected caustic ingestion: may endoscopy reasonably be omitted in completely negative pediatric patients? Pediatr Emerg Care. 1990;6(3):176-178. doi:10.1097/00006565-199009000-00002

4. Hoffman RS, Burns MM, Gosselin S. Ingestion of Caustic Substances. Longo DL, ed. N Engl J Med. 2020;382(18):1739-1748. doi:10.1056/NEJMra1810769

5. Levine M, Finkelstein Y, Trautman WJ, et al. Is EGD Needed in all Patients after Suicidal or Exploratory Caustic Ingestions? J Med Toxicol. 2024;20(3):256-262. doi:10.1007/s13181-024-01003-2

6. Whitledge JD, Burns MM. Do Asymptomatic Patients Need Endoscopy after Caustic Ingestion? J Med Toxicol. 2024;20(3):254-255. doi:10.1007/s13181-024-01009-w

7. Usta M, Erkan T, Cokugras FC, et al. High doses of methylprednisolone in the management of caustic esophageal burns. Pediatrics. 2014;133(6):E1518-1524. doi:10.1542/peds.2013-3331

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プロフィール
千葉拓世
千葉拓世
中毒好き救急医
ひょんなことから中毒診療に魅了され、今では救急医として日々中毒診療に携わっています。救急科医としては、さまざまな患者さんに対応していますが、特に中毒に関する知識と経験を深めてきました。 家庭では、良き父親であることを心がけているつもりですが、その成果については自分でも判断しきれない部分があります。家族との時間を大切にしながら、仕事にも全力を尽くしています。 このブログでは、救急や中毒に関する情報を不定期にお届けできたらと思っています。少しでもお役に立てる内容を提供できれば嬉しいです。
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