【解説】「毒ガエルの成分」がニュースに — エピバチジンとは何か?

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エピバチジン:モルヒネの200倍の鎮痛作用を持つ危険すぎる天然毒

最近のニュースで「エピバチジン」という聞き慣れない物質の名前が報じられました。ロシアの反政府派指導者ナワリヌイ氏の死因について、欧州の5カ国はロシアにないはずのエピバチジンが検出されたことから毒殺の可能性が高いとしたということです。1https://digital.asahi.com/articles/ASV2G619LV2GUHBI02FM.html?iref=comtop_7_04

エピバチジンは南米の毒ガエルから見つかった、非常に強力な神経毒です。しかしこの物質、単なる毒ではなく、かつては「理想の痛み止めになるかもしれない」と研究されたことが注目したことがあるのです。

今回は一般の方向けに、この不思議な物質を分かりやすく解説します。

エピバチジンは「ヤドクガエル」の成分

エピバチジンは、エクアドルに生息するヤドクガエルEpipedobates tricolorの皮膚から発見された天然のアルカロイド毒です2

ヤドクガエルの毒は、捕食者から身を守るための武器と考えられていますが、これらの毒はカエル自身が作るのではなく、餌となる昆虫などに由来するとされています3。「ヤドクガエル」という名前は、単に毒を持っているからではありません。南米の先住民が、このカエルの毒を吹き矢(や)や矢じりに塗って狩りに使っていたことに由来します。

つまり、「矢に毒を塗るカエル」= 矢毒ガエル(ヤドクガエル)という意味です。

ヤドクガエルの毒として最も有名なのがバトラコトキシン(batrachotoxin)です。

この毒を持つことで知られるのが、コロンビアに生息する鮮やかな黄色の小さなカエル

ゴールデンポイズンフロッグ(Phyllobates terribilis)で、見た目は愛らしいものの、地球上で最も強力な毒を持つ生物の一つとされています。バトラコトキシンの致死量は2.0μg/kg程度であり4、ごく少量でも命の危険に至る毒物です。ちなみにこういった毒物についてはどれ毒性の強さを致死量(≒LD50)で評価していて、以前紹介したボツリヌストキシンはそのなかでも特に上位に来る毒物で致死量が0.001μg/kgと言われています。どちらも本当にごく少量で命に関わるので、正直どっちが強いというような世界ではすでにないですが。

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このバトラコトキシンは、神経や筋肉の働きに不可欠な「ナトリウムチャネル」という仕組みを壊してしまう毒です。その結果、神経の信号が正常に伝わらなくなり、筋肉の麻痺、心臓の異常な動き、呼吸停止などを引き起こします。

ただ今回の毒はバトラコトキシンではなくエピバチジンです。同じヤドクガエルでも種類がことなると検出される毒が異なってくるわけです。

エピバチジン=神経のスイッチを暴走させる毒

エピバチジンは、神経や筋肉の働きを調節するニコチン性アセチルコリン受容体に非常に強く作用します2。この受容体は筋肉の収縮や呼吸など生命維持に不可欠な機能に関わっています。

過剰に刺激されることで、しびれ、けいれん、麻痺、呼吸停止などを引き起こす可能性が高いです。

なぜ可能性が高いですと言っているかというと人間でエピバチジンの中毒になった人がほとんどいないから報告もなくわからず、結局のところその薬の作用から症状を想像するしかないわけです。

簡単に言えば、エピバチジンは神経を過剰に興奮させて最終的に機能停止に至らせる毒です。

鎮痛作用の背後にある危険性

驚くべきことに、この毒には非常に強力な鎮痛作用があります。

動物実験では、モルヒネの約200倍の鎮痛効果が示されました2

しかもモルヒネなどのオピオイドとは異なる仕組みで作用するため、新しいタイプの鎮痛薬として期待されました²。モルヒネが依存症を起こすリスクがあるのに対して別のメカニズムであれば依存症を起こさずに痛みを治療できるかもしれないと注目されたわけです5

ただ、問題は毒性の強さでした。鎮痛効果が出る量と致死量が非常に近く、安全に使用することが困難だったのです。

医学的には治療域が極めて狭い状態といいます。そのためエピバチジンそのものは医薬品として使用されていません。ただ、同じような作用を持つ安全な類似薬の研究が続いています6

なぜニュースで注目されるのか

エピバチジンが危険視される理由は

  • 極めて少量で致死的
  • 強力な神経毒
  • 医療用途がない

という点にあります。

天然毒の中には、人工の毒物を上回る強さを持つものも存在します。エピバチジンはその代表例の一つです。

まとめ

エピバチジンは

  • ヤドクガエル由来の神経毒
  • ニコチン受容体に作用する
  • モルヒネの約200倍の鎮痛作用
  • しかし危険すぎて薬にならなかった

という特徴を持つ、非常に特異な天然物質です。

参考文献

1. 「ナワリヌイ氏は毒殺」欧州5カ国が声明 南米由来の毒素を使用か:朝日新聞. 朝日新聞. February 15, 2026. Accessed February 15, 2026. https://www.asahi.com/articles/ASV2G619LV2GUHBI02FM.html?iref=ogimage_rek

2.  Badio B, Daly JW. Epibatidine, a potent analgetic and nicotinic agonist. Mol Pharmacol. 1994;45(4):563-569.

3.  Daly JW. Thirty years of discovering arthropod alkaloids in amphibian skin. J Nat Prod. 1998;61(1):162-172. doi:10.1021/np970460e

4.  Pöhlmann C, Elßner T. Multiplex Immunoassay Techniques for On-Site Detection of Security Sensitive Toxins. Toxins (Basel). 2020;12(11):727. doi:10.3390/toxins12110727

5.  Bannon AW, Decker MW, Holladay MW, et al. Broad-spectrum, non-opioid analgesic activity by selective modulation of neuronal nicotinic acetylcholine receptors. Science. 1998;279(5347):77-81. doi:10.1126/science.279.5347.77

6.  Zhang D, Zheng H, Cui K, et al. Nicotinic acetylcholine receptors-targeting drug discovery. European Journal of Medicinal Chemistry. Published online February 10, 2026:118679. doi:10.1016/j.ejmech.2026.118679

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プロフィール
千葉拓世
千葉拓世
中毒好き救急医
ひょんなことから中毒診療に魅了され、今では救急医として日々中毒診療に携わっています。救急科医としては、さまざまな患者さんに対応していますが、特に中毒に関する知識と経験を深めてきました。 家庭では、良き父親であることを心がけているつもりですが、その成果については自分でも判断しきれない部分があります。家族との時間を大切にしながら、仕事にも全力を尽くしています。 このブログでは、救急や中毒に関する情報を不定期にお届けできたらと思っています。少しでもお役に立てる内容を提供できれば嬉しいです。
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